心臓血管の専門家が語る “切らない手術”で突然死を防ぐ ~ステントグラフト内挿術~

ドラマ化で話題の名作「坂の上の雲」の作者である司馬遼太郎さんの命を奪ったのは、「大動脈瘤」という病気でした。高齢者に多くみられる動脈硬化などが原因となり、体の中で最も大きな血管である大動脈が瘤(こぶ)状に膨らんでしまう――ほとんど自覚症状がない半面、破裂したら重症となり、治療を受ける前に命を落としてしまう人も少なくありません。

この大動脈瘤の新しい治療法として注目されている「ステントグラフト」を用いた“切らない手術”について、当院の石川齊院長と、心臓血管外科の脇田昇部長、井上享三医師に話を聞きました。

 

血管を内側から支えて動脈瘤の破裂を予防

 

石川院長石川:当院には、心臓外科、大血管外科、末梢血管外科、呼吸器外科を専門的に扱う「心臓血管外科」があります。外来での問診や検査にも力を入れており、大動脈瘤についてもCTスキャンやMRIなどの検査で、早期に発見されるケースが増えてきました。

 
 

脇田部長脇田:瘤が小さければ、薬剤投与や食事管理などで血圧を管理していきます。一方、大きな動脈瘤(胸部では直径50~60mm以上、腹部では直径45~50mm以上が基準)がみつかったり、瘤の拡大が急な場合は、動脈瘤を切り開いて人工血管に入れ替える手術を行うのが一般的です。ただし、ご高齢の患者さんや内蔵の機能低下がある方の場合、創(キズ)が大きく、出血量も多く、数時間~10数時間におよぶ手術をためらわれることもしばしばです。

石川:そこで、1990年頃から欧米で行われてきた「ステントグラフト内挿術」 が注目されるようになりました。どんな特徴がありますか?

井上医師井上:日本に入ってきたのは2年ほど前のことですが、腹部や胸部を大きく開いたり、血管に人工血管を縫い付けたりといった必要がありません。
まず、人工血管にバネ状の金属を付けた「ステントグラフト」を細かく折りたたみ、足の付け根にある大腿動脈からカテーテルを使って挿入します。瘤のある部位まで移動したところでステントグラフトを開き、カテーテルを引き抜いて回収すれば手術終了。バネの力で内側から血管に密着することで、動脈瘤の破裂を予防することができます。

脇田:もともと、「ステント」と呼ばれる金属骨格は、足や心臓の血管、胆嚢など“狭い領域を広く保つため”に使われてきました。そこに人工血管を付けたステントグラフトは、“広がった領域からの圧が外に向かないため”に開発されたものです。患部の形状にもよりますが、胸部と腹部の大動脈瘤に対応することが可能です。

井上:今日は、腹部大動脈瘤の76歳の患者さんと胸部大動脈瘤の85歳の患者さんの手術を行いました。2例とも、手術時間は1時間半~2時間と比較的短く、切り創(キズ)はカテーテルの入り口を5センチほど開いただけです。従来の外科的修復手術に比べると、患者さんの体への負担は軽くなったと思います。
10年、20年という長期にわたる経年変化については十分なデータがあるとは言えませんが、国内累計3000~4000の術例によると、手術そのものの成功率はきわめて高く、術後に少しずつ瘤が小さくなるなど、患者さんの経過もおおむね良好です。健康保険も適用されますし、今後この術法を選択する患者さんはますます増えてくるでしょう。

血管を内側から支えて動脈瘤の破裂を予防

石川: 大動脈瘤の治療に限らず、侵襲(しんしゅう:患者さんへのダメージ)を減らそうという取り組みは、外科治療全体の大きな流れですね。

脇田:とはいえ、ステントグラフト内挿術を行うためには、施設基準をクリアし、かつ指導医の資格をもつ医師が1名以上立ち合うという条件を満たさねばなりません。当院では、井上医師が腹部大動脈瘤のステントグラフト内挿術の指導医資格をもっており、他の病院の手術に立ち合うこともあります。

井上:日本は欧米に比べて導入が遅れてしまいましたが、その分改良が進み品質が安定した器材を使えます。患者様にとっては安心して手術を受けられる状況ができていると思います。現在のステントグラフトは“第三世代”で、種類が増えただけでなく、固定力が大幅に改善されました。近いうちに、骨格がより柔らかく、血管内を通りやすく、どのような形状の血管にも添う器材が登場する予定で、手術の適応部位が増えるのではと期待しています。

脇田:器材の進化に頼ってばかりではありません。医師は、術前に3D-CTや血管造影を参考に、この血管の幅は何ミリで、この角度で別の血管につながっているから、この場所にこのサイズの器材を置こう・・・と、出来上がりを緻密にイメージして、ステントグラフトの種類やサイズを選んでいます。一度、間違った位置に固定してしまったら、簡単に修正できるものではないですから。

血管を内側から支えて動脈瘤の破裂を予防

PC150459石川:井上先生には、院外に出て症例をみたり、手術に立ち合うといった経験を積んでいただきました。そこで得たノウハウを院内に伝えることはもちろん、他の医療機関との連携によって新たな人材を育てつつ、症例を増やしていく姿勢が不可欠です。
まだまだ指導医のいない施設も多い(兵庫県下では、当院のほか9病院、神戸では2病院がコンスタントにステントグラフト内挿術の症例を扱っています) ので、井上先生には地域医療のキーパーソンとしてもご活躍いただきたいですね。

脇田:「心臓血管外科」と聞くと、いかにも切開手術に積極的なイメージを抱かれるかもしれませんが、実際には血管内治療を含めたトータルな視点から診ていくのが特徴です。
私たち6名のスタッフの目標は、「血管の外科医」ではなく、「血管の治療医」となること。入院や手術が本当に必要なのか、手術するとしたらどの方法がいいのか、それぞれのメリット・デメリットを患者さんにご理解いただいた上で、さまざまな選択肢の中からベストの方法を選んでいただけるよう、術前や外来診療での説明にも力を入れています。

石川:当院には「地域連携室」という部署があり、三木市や加古川市といった市外からも、ステントグラフト内挿術のために医師の紹介を受けて来院される方も出てきました。今後も、地域の中核病院として患者さんに信頼され、「神戸労災に行けば安心」「労災病院があるから大丈夫」と言われる存在になれるよう、努力を続けていきたいと思います。