生活習慣病リスクマネージメントから、急性期治療、心臓リハビリテーション、そして…

厚生労働省が発表した平成19年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性で79.19歳、女性で85.99歳であり、未曾有の超高齢化社会を迎えつつあります。日本人の三大疾病のひとつである心臓病は、年々増加傾向にあり、心臓病や脳血管障害などの動脈硬化を基盤とした疾病の克服は、健やかな老後をおくるためにも重要であると考えられます。

このように生活習慣が多様化するなかで、心筋梗塞や脳血管障害などの心血管病が年々増加しています。 こうした社会的背景のなか、循環器疾患に対する神戸労災病院の取り組みを、井上信孝循環器科部長に聞きました。

 

 

聞き手:――がん、心臓病、脳血管障害は日本人の三大疾病とされています。循環器科の関わる病気として、心臓病、脳血管障害を防ぐ手だてを教えてください。

井上部長:心臓病のなかで致死的な疾患となる心筋梗塞の病態の主座は、心臓自身を養う冠動脈にあります。また脳梗塞も脳血管の病気です。こうした点を考えると、「血管を大切にする」、「血管を守る」ことが病気を予防する重要なポイントといえます。偉大な医学者ウイリアム・オスラーの言葉をかりると「人は血管とともに老いる」と言うことができます。健やかに生きるためには、血管をしなやかに保つことが肝要です。

聞き手:――ではどのようにすれば、しなやかな血管を保てるのでしょうか。

井上部長:これは難しい問いかけです。我々にできることとして、血管をいためる因子をできるだけ避けること、それが最善の策と思います。血管をいためる因子(動脈硬化危険因子)としては、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、メタボリック症候群など生活習慣病が挙げられます。また精神的ストレスも血管をいためる因子と考えられます。こうした点から、症状のない時点より、血管を傷め動脈硬化の原因と成りうる、これらの生活習慣病に対して立ち向かい克服することが、心臓病や脳血管障害を予防するのに肝要なことだといえるでしょう。

 

 

 
聞き手:――心臓病は、いつ何時おこるかもしれませんね。神戸労災病院での循環器救急治療の取り組みについてお聞かせください。

井上部長:急性冠症候群、急性心筋梗塞は、不安定な動脈硬化プラークが崩壊することにより、急激に心臓の筋肉への血流障害をきたす致死的な疾患です。いかに早く閉塞された冠動脈の血流を再開するかが、生死の分かれ目を規定する大きな要因のひとつです。また急性心不全、慢性心不全急性増悪に対しては、迅速でかつ的確な判断と、適切な治療が要求されます。我々は、小澤副部長、伊阪副部長を中心とした冠動脈治療チームで、24時間365日循環器救急を受け入れる体制をとっています。また地域医療推進室を通して、循環器救急に関して地域医療に幅広く貢献することを目指しています。

  

 
聞き手
:――最近の科学の進歩は目を見張るものがありますが、循環器の診療においてどのような進歩があるのでしょうか。

井上部長:ここ数年の循環器診療における画像診断の進歩には目を見張るものがあります。また、治療面においても、様々な新薬や治療用の医療機器が次々と臨床応用され、新しいエビデンスが提示されており、治療体系も再構築されていると言えるでしょう。我々は、最近冠動脈を詳細に評価できる最先端イメージングシステムOptical Coherence Tomography(OCT)を導入しました。OCTは、近赤外線を用いたイメージング法で、これまでの冠動脈血管内超音波法(IVUS)と同様に血管断面を断層像として描出するものですが、その特徴は解像度が約10~15μmとIVUSの約10倍の高度分解能を有しています。OCTはこの高い分解能により、IVUSでは描出不可能な微細な血管構造、例えば急性冠症候群における薄い繊維性皮膜の破綻像や薬剤溶出性ステントを覆う薄い新生内膜等を詳細に描出できます。

急性冠症候群,急性心筋梗塞は、必ずしも冠動脈の狭窄の強いところから生じるとは限りません。こうしたことから、今後は、動脈硬化の質的な診断が重要であると考えられます。OCTは、動脈硬化の質的診断を可能とし、冠動脈治療に大きな力を発揮するだけではなく、急性冠症候群の病気の成り立ちの解明にも役立つことが期待されています。

 

 

 
聞き手
:――いちど心臓病をわずらった場合、日常生活が大きく損なわれる場合がありますが、そうした場合に何か有効な手だてはないでしょうか。

井上部長:心臓病を抱えた患者さんの日常生活の質の向上に努めるのも循環器医の重要な責務です。心臓病患者さんの生活の質を向上させるには、薬による治療だけではなく、カテーテル治療、病状によれば外科的な治療などを駆使していく必要があります。また心臓リハビリテーションも重要です。心臓リハビリテーションの目的は、心臓病の患者さんが健康的で不安のない日常生活を取り戻せるようにすることです。また患者さん自身が病気を正しく理解し、再発予防を目的とした栄養指導を含めた生活改善も目的のひとつです。また、最近の様々な研究で、心臓リハビリテーションは運動機能の改善だけではなく、低下した心機能を回復し、他の臓器に対しても保護効果を有するなど、多くの知見が明らかになりつつあります。こうした点から考えると、心臓リハビリテーションは最先端医療のひとつとも言えるかもしれません。

我々は、2008年4月より施設認定を受け、堂本心リハチーフ、稲本副部長を中心に、心臓リハビリテーションを積極的に行っています。心臓リハビリテーションの適応と判断されると基本的には心肺運動負荷試験を実施し、それぞれの疾患、全身状態に応じた安全に行うことが可能な範囲での運動負荷量を決定し運動処方し、その上で、患者様と御相談の上、心臓リハビリテーションの導入を決定しています。並行して、看護指導を行うとともに、栄養管理室において健康状態測定器’In Body’で身体計測をした上で栄養指導を通して生活習慣の改善をサポートしています。

 

 

 
聞き手:――最近の経済状況や社会状況を考えると、現代はストレス社会といえると思います。また近年自殺者が増加しており、うつが大きな社会問題となっています。こうしたストレスも心臓病の発症に関係しているのでしょうか。

井上部長:精神的ストレスは、心臓病の発症に重要な役割を果たしています。阪神淡路大震災後、急性心筋梗塞の発症が急激に増加したことが報告されました。この事実は、精神的ストレスが心臓病発症に深く関わっていることを端的に表したものと考えられます。また心臓病を患うことにより抑うつ傾向になること、さらに抑うつ傾向にある症例は予後も悪くなることが研究で報告されています。これまで心臓病の予防という点から精神的ストレスに深くアプローチすることは少なかったと思います。今後は、こうした精神的ケアも循環器診療に重要であると考えています。

 

 

 
聞き手
:――最後に神戸労災病院循環器科の目指すところを教えてください。

井上部長:急性期治療の充実はもちろんのこと、我々はただ単に詰まった血管を広げることを目的とした循環器科ではなく、心臓病の予防、機能回復、生活の質の向上、そして精神的なケアも含め、患者さんをトータルに診るような全人的な循環器診療を目指していこうと考えています。そして、こうした循環器診療を通じて、地域医療、地域社会に貢献していきたいと考えています。

 

聞き手:――本日はどうもありがとうございました。

 

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